とても仲の良い夫婦の事をオシドリ夫婦って言ったりしますよね
また野球のバッテリーに例え、妻役のキャッチ₋はピッチャーのどんな球をも受け止め、
ゲームの采配をする
まるで、妻が夫を掌で転がして、うまく事を運ぶみたいな?事?
どんな球も受け止めているようにみせて、実は交わしている?
狐とタヌキの例え に近いですか?
狐とタヌキの関係は、人によっては大切な人、好きな人を化かすなんて出来ないし
出来る人は誠実ではないと言う人もいます
そうとも思いますが、私は仲良くやる手段の一つになるのではないかと思う事があります
化かすとか、だますとか言葉は、よくない例えに使いますが、相手の性格などを熟知した上で
時と場合を考えて使える人は、賢い人だと思います
もちろん、使う人の立場ばかりではなく、使われている事もあると思います
うまく使われている場合は、気づかずに、心地よく過ぎてきているのではないでしょうか?
自分の得のためとか、嘘をごまかすために使うものではない事が 条件ですが。
そうでない 騙し合いは何も築けませんし、逆に崩壊を意味すると思います
わが夫婦の場合はというと、私はいつも正面からの直球しかなげられないキャッチャーで
しかも夫の変化球は、受け止められない、ダメ妻です
いや 「で し た」と言いたいです
還暦という年を期に、自分の人生を振り返って、私の人生の大半を占めている人である
夫の事を、もう一度好きになるキャンペーンを始めたからです
もうダメだと思った事もありました、覚えている事だけで、大きいのが3回
悩みに悩んで、子供に話した1回目は 長男と次女は、私についていくと言ったのですが
長女に反対され、どちらにもついていかないと言われ、この子の気持ちを受け止めきれないと断念
2回目は、長女と次女は、私について行くと言ったが、長男に反対され、どちらにもついて行かないと言われ、
複雑な男の子の気持ちに 私には責任がとれないと感じ断念
3回目も、もうお判りのような結末です
長女と長男は、お母さんの人生だからいいよと言ってくれましたが 次女が猛反対でした
次女はただただ、お父さんがかわいそう、、、と。
特に次女は父親が大好きだった事もあります 次女と夫は相思相愛だとおもいます
普通は、本気で離婚したいと思う人は子供の意見はきいても、反対されていても離婚するのでしょう
私は、それほどでもなかったのでしょう、、、と今振り返ったらそう思います
きっとその時(離婚しようかと考えていた時)も、主人と出逢った時の暖かい、大切な何かを
もう一度欲しいと 知らず知らずのうちに 求めていたのでは ないかと思うのです
いつもそこが、私の中でとても大事なことのような気がします